言わずと知れたこの小説のもとになってる黒田武志作品展。2月9日~17日、HEP HALLにて。
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イントロダクション
第1回 貝塚市立自然遊学館
第2回 エドモント・テーラー記念博物館
第3回 ミイラ猫の博物館
第4回 カルバーシティ歴史博物館
第5回 百年後の博物館
第6回 餃子ミュージアム

オブジェ
第4話 カルバーシティ歴史博物館
4−1 二度目のエドモント・テーラー記念博物館に、吉沢さんはいなかった。

二度目のエドモント・テーラー記念博物館に、吉沢さんはいなかった。
代わりに、ダブルのスーツを着たおじさんが独り、「日記の部屋」を掃除していた。白い手袋をしていたからここの職員なんだろうと思うが、風貌はキュレーターというよりも昔ながらの地方議員といった感じだ。自民党公認のもと、談合を繰り返した末に完成するあの慇懃な表情がばっちり張り付いている。
白くなった髪を後ろになで付け、僕を見る。
—すいません、あの、
僕はそのときに、吉沢さんの本当の名前を知らないことに気づいた。
—すいません、あの、ここにいつもいる女性は今日はここにはいませんか?
妙な日本語になってしまった。
おじさんは弱ったような顔をして「わからんね」と言った。それは、誰のことを言ってるのかわからんのか、それとも彼女が今どこにいるのかわからんのか、それはこっちにもわからんかった。忖度しなさいといった態度だ。おじさんは、日記を覆うガラスケースを布で拭く作業に戻った。選挙準備で忙しいようだ。
僕は「猫はどこにいますか」と尋ねた。
今度は僕の方を見もせずに同じ答弁を繰り返した。「わからんね」

縁側で30分ばかり待ってみたが、サビ猫も吉沢さんも現れなかった。閲覧者は相変わらず僕以外はいなかった(ある意味それはホッとした)。前回よりも空は雲っていて、庭もみすぼらしく見えた。雨に濡れた落ち葉が、あちこちで腐葉土になりかけている。帰り際、インディアンのものが展示されている部屋へ寄った。吉沢さんの弟が目指したであろう場所だ。そこにはひとりのインディアンの肖像画が飾られていた。医学部時代のエドモントが深く親交を温めたホピ族の青年、と説明にある。他には、勾玉のようなものや羽の頭飾りやペヨーテの精製方法が書かれたパネルがあるが、どれにも細かい説明はなされていない。徹頭徹尾、不親切な博物館なのだ。その中のひとつに、オルゴールがあった。例によってガラスケースに入れられているのでその音楽を聴くことはできない。「インディアンの青年からの贈り物」とある。ネジをまわすことのできないオルゴールに何の意味があるのだろう。まったく。
やはりこの博物館は、なにか妙だ。前回よりもさらに強く感じる。落ち着かないのは客が誰もいないからではない。数寄屋風の日本建築も、展示物も、パネルも順路も、博物館のように作られてはいるが、結局のところそこに魂が感じられないのだ。この博物館のレゾンデートルというか、目的が伝わってこない。
そう、まるで舞台セットのようだ。巧妙に作られてはいるが、裏をのぞけばハリボテで、展示品もすべて古く骨董的に見せかけてはいるが、つむら工芸の作り物なのかもしれない。オルゴールもそもそも鳴らないのかもしれない。ふわふわと落ち着かない気持ちになるのはそのせいだ。
そこからは、エドモント・テーラーの、家族や友人の、息づかいが感じられない。よっぽど、この間見たアステカ文明のミイラの方が生き生きしていた。

エドモント・テーラーなんて、本当は存在しないんじゃないか。

そう考えれば納得できることもある。たとえば、ずっと気になってたことで、なぜエドモント・テーラーは自身が医者なのに、結核なんて時代遅れの病気で死んだんだ? それに妻の後を追うように死んだとあるが、実際に死んだのは4年後だ。二人の間に産まれた双子の片割れはどうなった? 50歳過ぎて産んだ末娘は? 彼らは実在するのか、本当に。

壁にかけられたインディアンの青年がこちらを見ている。肖像画の片隅にハミングバードが描かれていて、彼の名前はホピ族の言葉で「小さい鳥」という意味だと書いてある。

この部屋まで吉沢さんの弟は果たしてたどり着けたのだろうか。市会議員が部屋の前を通り過ぎる。ちらりとこっちを見たが、なんの表情も見せない。失踪事件に関して、何か知ってるのだろうか。事件に関与している人物なのではないだろうか。もしかしたら例の新興宗教「弥勒の会」の人間なのではないだろうか。吉沢さんはもうすでにその団体によってミイラにされて・・・。荒唐無稽すぎる。現実は小説ほどに奇ではない。ただ単に今日はいないだけだ。

僕は地方議員を呼び止め、もしもここで弟を探している女性に会ったらこれ渡してくださいと、封筒を頼んだ。そこには縁側で書いた短い手紙と、2月にある「百年後の博物館」のチラシを同封しておいた。地方議員は最初、当惑していたが、僕の有無を言わせない態度に最後はポケットにしまってくれた。


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