

12時過ぎに大阪駅に着き、目指す赤い観覧車のショッピングモールにたどり着くのにさらに30分かかった。大阪にやってきたのは中学時代の修学旅行以来だ。右も左もわからない。こんなに都会だったろうかと、驚いた。土曜日だったのもあるが、関西人特有の歩き方に巻き込まれ、すぐに行きたい方角とは逆の方に進んでしまった。引きずってるキャリーバックもがんがん人に蹴られ、これは私のせいなのか、それとも関西ではキャリーバックを蹴ってもいいことになっているのか、判断に悩むほどに蹴られた。
シースルーエレベーターを出ると、ロビーにはあふれんばかりの入場者がいた。「百年後の博物館」は今日が初日だ。彼女は途方に暮れた。来てみたものの、いったいどうすればいいのか。アメリカに戻るフライトは急遽変更し、関西国際空港に7時には行かなくてはいけない。おそらくこのまま展覧会を覗いて、帰りにたこ焼きでも食べて帰るだけだろう。なんだか急に、ここまでやってきた情熱がなえてきた。彼女はとりあえずすぐ目の前にいる黒ぶち眼鏡のホールスタッフらしき人に声をかけてみる。彼の隣には美術関係者だろうか長髪のヒゲの青年がいた。彼はローマ帝国について熱心に話をしている。彼女は、私とは住む世界が違うなと思った。
「すいません」と彼女は声をかける。
眼鏡のまじめそうな、カエルの解剖とかが得意そうなホールスタッフの男性は、すぐに会話を止め、こちらを振り向く。
「すいません、お伺いしたいことがあって」
彼女は、小説を書いたライターの名前を告げる。それ以外に尋ねることが思いつかなかったのだ。しかし、その人がここにいなければ、もうそれ以上どうしようもない。しかし眼鏡の、医大生のようなホールスタッフは意外なことを口に出した。
「ああ、あそこにいますよ。呼んできましょうか」。彼が指した方角には喫煙所があって、そこでひとり煙草を吸いながら周りをキョロキョロ伺ってる男性がいた。
「ありがとうございます」と答えて、彼女は男性の方に向かった。ここまできたらもう引き返すことはできない。男性は、ニットキャップに青いダウンジャケット、汚れたジーンズ、顔には無精髭が生えていた。私の住む世界にはあまりいないタイプの男性だ、と彼女は思った。ゆっくりと彼女は男性の方に近づく。
彼女と男性は、目が合う。一昔前の香港映画風に言えば「あと3歩で、私と彼の距離は0.1mm」。
男性は煙草をもみ消し、いぶかしげにこちらを見る。
彼女は「キノシタさんですか?」と尋ねた。
男は「はい」と答えた。
彼女はそれからこう言った。「あなたの書いてる小説の内容のことでお伺いしたいことがあります。」
つづく

