

成田から東京駅へ、それから旦那の実家のある掛川まで新幹線で、例によって窓側の席を陣取り久しぶりの日本の風景を楽しんだ。マサコが到着したときには、肝硬変で死んだ旦那の叔父の遺体は燃やされ、煙になったあとだった。実家で営まれていた精進落しも終盤を迎え、彼女は一通りお悔やみの言葉を伝え、それから夫の欠席を詫びた。夫はもともと親戚付き合いがいい方ではないので、さもありなんといった様子だった。当然マサコが知らない親族も大勢いた。体面だけ取り繕ったような出席であることは一目瞭然だったが、誰もそのことに文句は言わなかった。どちらかと言えば、夫の代わりにわざわざアメリカから来てくれたことに対して同情してくれた。夫は社交的な性格だと思うが、親族や家族のことになると急に腰が引ける。ヨウタをグランドキャニオンまで迎えに行くと決断したのも、日本へ叔父の葬式に行くよりかはマシだと判断したのだろう。彼女にとっては認めたくない事実だが、夫はそういう人間なのだ。
深夜を回ったころに、夫の妹の家に案内された。小さいけれども立派な一軒家だ。地元でリフォームの会社を経営している旦那と娘との3人暮らし。兄と比べ妹のサナエは対照的に活発でおおらかな女性だ。タカハシ家で、マサコが最も信頼を置いているのもサナエだ。他人行儀なところがないさばさばした性格がはじめて会った時から気に入っていた。
お風呂をいただいたあと、台所でふたりは缶ビールを開けた。深夜2時を回っている。テーブルの上にはサナエの娘がやり残した宿題がそのままほったらかしになっている。
「兄さんは、なに、仕事が忙しいの?」
「博物館の仕事って自分が企画した催事があると抜けられないらしくて」と嘘をついた。もちろんヨウタが行方不明になってることは口外してない。旦那は仕事でどうしてもこれないということになってる。博物館のキュレーターがどれほど忙しい仕事なのかは、静岡の人間には誰もわからない、と夫は言っていた。
「今日着いたばっかりなんでしょ、疲れてたら寝てね」
「ありがとう。でも時差ぼけで眠くはないの」
「じゃあ私もつきあう」サナエはゴクゴクとビールを空け、2本目にうつった。「なんだか葬式って肩凝るのよね。当たり前だけど、みんな暗い顔してるから。それもさ、ちょっと嘘っぽい暗い顔じゃない。下手な演技みたいな。ああいう顔見てると疲れんのよね」
サナエは、旦那の会社を手伝いながら、フラワーアレンジメントの仕事もしている。日曜になれば小学生の娘と一緒にバレエのレッスンに通ったり、友人の演劇の舞台美術の手伝いをボランティアでしてたりもする。彼女みたいな人こそアメリカに行けばいいのにといつも思っていた。生きるエネルギーが溢れている。
「私はこういう田舎があってんのよ。まあ兄も同じだと思うけど。あの人がロスで生活してるってなんかピンとこないわ」
「英語上手だから」
「その前に日本語の会話うまくなりなさいって言っといて」
ふたりは笑いながら旧知の友人のように酒を酌み交わした。サナエから聞く主人の話はいつも新鮮だ。妻である彼女にも見せたことのない一面を妹はたくさん知っている。マサコはそれが少し羨ましかった。
それからサナエはアメリカでの生活のこと、食事はおいしいのか、治安はいいのか、大統領は誰になりそうなの、などを聞いてきた。冗談まじりに脱線を繰り返しながら話は続き、自然な流れでヨウタの話になった。
「ねえヨウタくんのことなんだけど」とサナエは切り出した。「なにか新しいことわかった。昔のこと思い出したりした?」
「それに関しては進展はない」
「それに関して?」
「相変わらず記憶はすぐに飛んじゃうし、私のことだって誰だかよくわかってないし、なんでロスにいるのかもわかってない。でも、ほんのちょっとずつは家になじんできているように思う。この間、外出して家に戻ったときに、ただいまって言ったの。うれしかった」
まさかそのヨウタが今はグランドキャニオンにひとりで行ってるなんて言えない。
「それに日本語はほんと、上手に喋れるようになったの。それこそ旦那よりも」マサコは自分で自分の冗談に笑った。
「知恵おくれってわけじゃないんだよね」とサナエは純粋な疑問を口に出した。
「重度の記憶障害。でも原因はわかってないし、治る見込みもない。でも慌てないことが大事だって先生は言ってた」
「新宿で保護される前の記憶はやっぱり思い出せないのね」
「うん」
「どうして新宿にいたんだろう」
「さあ。そのことはもう考えないようにしている」
「でも本物の両親が見つかれば」と言ってしまってからサナエは後悔した。「ごめんなさい」
マサコは首を横に振ってつぶやいた。「箱は閉じられた。それを無理矢理開けてもいいことなんてないわ。自然に開くのを待つだけ」
「あのね、今日うちに泊まってって誘ったのには訳があるの。マサコさんは最初、実家に泊まることになってたんだけど、私がお願いしたの」
そのことは寝耳に水だった。
「どういうこと」
「あなたに見せたいものがあるの」とサナエは神妙に言った。「わからないんだけど。ヨウタくんのことに関係してるんじゃないかって思って」

