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「あの子の正体を知りたいんです」とタカハシさんは言った。
「それは親御さんを見つけてあげたいということですか」
「わかりません。でも、このまま箱に蓋をしていてもだめなような気がするんです」
「でも僕はあくまでも小説を書いただけで、それもファンタジーです。貝塚の行方不明の男の子が、もしかしたら、ヨウタくんかもしれない。そうじゃないかもしれない。しかしそれは僕にはわかりません」僕は申し訳ない持ちでいっぱいだった。 「いえ、あなたが謝ることでは。ただもしかしたら、と思っただけなので」
「すいません、お役に立てなくて」と僕は言った。「でももし見つかったら、辛くはないんですか。ヨウタくんはタカハシさんを本当のお母さんだって思ってるんですよね。そのままでも構わないんじゃないでしょうか」
「そうですよね」とあきらめたようにタカハシさんは言った。徒労に終わったことを悔やんではなさそうだった。
それから僕たちは、なるべく他愛もない会話をした。タカハシさんはアメリカでの生活のことを、僕は日本の最近のニュースを、手短かにお互い教えあった。それから話すこともなくなり、もうお仕舞かと思われたときに、唐突にタカハシさんが割り算の話をした。
「割り算で、「あまり」ってあるでしょ」
「あまり?」と僕は素っ頓狂な声を出した。
「10÷3は、3あまり1でしょ」
「ああ、そのあまり」
「あの、あまり、ってのが全然わからなかったんです」とタカハシさん。
「ああ、なんとなくわかります。僕もそうだったような気が」
「今はわかったんですか?」
「うん、あまりはあまりだから」
「今でも私は混乱するんです」
「結局そのあまりの部分は目をつぶることにするんだと思います。みんな」
「目をつぶる?」彼女は驚いたようだった。
「そう、あまりは、どこかにしまっちゃうんです。引き出しの奥とかに。あまりのことを深く考え出すと、あまりに引きずられちゃうから。たとえ、猿がそこを歩いていても、あとを追いかけていってはダメなんです」
「え。猿?」
「すいませんこっちの話です」
「それができないんだと思う。あまりを見ないことにするのが」
「なるほど」
「なんでかって言ったら」
「理由があるんだ」
「あまりにこそ、答えがあるような気がするから。だから目をつぶるのは止めにするんです」
「わからないものにこそ、きっと大事なことが隠されてるってことですか」
「はい。そう思います」


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