

「彼を最初見たとき「猿に育てられた男の子」の話を思い出しました。この子は人間じゃない何者かに育てられたから、言葉もわからないし、社会生活のイロハも理解できないのだと感じました。もちろんそんな考えはおくびにも出さずにいましたが、廊下での排泄や、グループメイトへの暴力沙汰、時たま起こるヒステリックなどを見るにつけ、そう確信していきました。私の仕事は、彼を人間にしてやることだと、そう言い聞かせました。
養子にしようと言い出したのは旦那の方です。まだなんの記憶も取り戻していない頃です。私たちは何度も話し合いました。私にとって怖かったのは、もう二度と主人は私の子供を欲しがらないのだろうということでした。もちろん直接聞いたわけではありません。しかし言葉の端々にその決意は現れていました。猿の子供を養子にすることで、私たちの約束は果たされた。そういう既成事実を作るための養子縁組です。だからこそ、その子じゃなくちゃダメだったんです。残酷なことを言いますが、主人は、できるだけ不憫な子供を育てたかったのだと思います。そうやって進んで過酷な道を選択することで、私との結婚生活や約束の反故を無二にしようと思ったのだと思います。まるで「よきサマリア人の教え」のように。
子供はヨウタと名付けました。主人が「命名辞典」を開いて適当に決めました。ヨウタは自分の新しい名前すら覚えられません。我慢強く、それは調教といっても言いでしょう、私たち夫婦はヨウタを教育しました。しばらくすれば、片言の日本語も話せるようになりました、用を足したくなったら行くべき場所も理解してくれました。問題は、時々、すっかり記憶が飛んでしまうことです。その度に私たちはもう一度一からやり直します。すべてが水の泡になることはとても悲しいことです。しかしそれにも耐えるしかないんです」
タカハシさんは声を詰まらせた。泣いているのかと思ったが泣いてはいないようだ。ウーロン茶を一口飲むと、背筋を伸ばした。
「すいません、なんか、どこまで話していいのかわからなくて」
「今はどうなんですか?」と僕は訊く。
「ええ、なんとか、日常生活を送るほどには」
「今はどうしてアメリカに?」
「主人が転勤というか、引き抜きをされて、それで1年前に引っ越しました。カルバーシティ歴史博物館というところです」
「カルバーシティ? カルバーシティってキングコングの」
「キングコング?」
「はい。キングコングが撮影された場所です」
「そうなんですか。知りませんでした」とタカハシさんは言った。
おそらく大のキングコング好きだと思われただろう。しかし驚いた。まさかこんなところでその名前を聞くなんて。もちろんただの偶然だ。そこに意味はない。はずだ。

