

とはいっても、果たしてFLAGILEという単語のメッセージが何なのか。それ自体に意味があるのか、それとも何かの暗喩なのか。FLAGILEとは「壊れやすい・はかない」という意味の英単語だ。しかしそれが何だっていうんだ? これが砂の言いたいことだとしたら、あまりにも陳腐じゃないか? まるで安売りされたラブソングのタイトルみたいじゃないか。砂は言いました、フラジャイル。感情移入しずれえよ。
それともこれは暗号なのだろうか?
アルファベットを数字に置き換え、さらにそれを平仮名に置き換えるといった暗号がこの世にあるということは知っている。しかし砂がそんな戦時中のアメリカ軍みたいな凝ったことをするだろうか。もしくはこれ自体には意味などなく、ただ単に砂は生きてるんだ、ということの表明なのだろうか。
薄気味悪くないといえば嘘になるが、風呂場に砂を見つけた時よりかは平静でいられた。FLAGILEという文字を手帳に書き込み、砂は再びビニール袋に戻し、引き出しに閉まった。再びなにかが起こるかもしれない。そしてそれを少し期待した。
しかし、それから1ヶ月なにも不思議な出来事は起きなかった。僕は試しに砂に関する文献などを読んでみたが、砂が勝手に動き出したといった「アンビリーバボー的」な体験談を見つけ出すことは無理だった。
砂は生きているといえば、「砂漠は生きている」というディズニーのドキュメンタリー映画があった。アメリカ南西部の砂漠に生きる動物たちの日常を記録した映画だ。小さい頃に見た記憶があるが、砂についてなにか言及していたかどうかは覚えていない。安部公房の「砂の女」も、砂は生きてる的な小説だ。人間の穴という穴に砂が入ってくるイメージが残っているが、果たしてそんなシーンがあったのかどうかは定かではない。僕自身の過去で砂について精神的に影響を受けた事件を思い出そうとしたが、小学生のときに鹿児島の指宿で砂風呂に入ったことを思い出したくらいだった。ある意味、砂風呂は剣呑なアクティビティだとは思うが、まさかそれが元になって今砂に悩まされているとは考えずらい。

