

トリと別れたあと、少年とサビ男は薄汚いモーテルの一室に入った。少年はお金はあるんだからもっときれいなところがいいと言ったが、聞き入れてはくれなかった。
少年はスプリングがきしむベッドに横になり、サビ男はどこからか本を出してきて読み始めた。6階の窓には赤や青のネオンが滲んでいる。
「僕のお父さんのこと教えて」と少年は切り出した。「ミイラ猫がサビ男は昔のことは何でも知ってるって」
「ミイラ猫?」
「うん」
「父さんっていうのはどっちの父さんだ、本当の方か偽物の方か」
「今から会いにいく方」
「グランドキャニオンのホテルで働いている日本人だ。それしか知らない。年齢も名前も、ベルボーイなのかそれとも支配人なのかも知らない」
「じゃあ、もうひとりの方」
「彼は博物館のインタープリター、説明員だ。名前はタカハシカズシ。年齢は41歳。趣味は料理とマウンテンバイク。好きな映画は『キングコング』、もちろん1933年版だ。10年前に交通事故に遭い、右足の膝から下を切断している。義足は仕事用とバイク用で2本持っている。ひどい幻肢(ファントム・リム)による痛みに悩まされている。失った右足が痛むという病気だ」
「ねえ、サビ男はいつからそんな体になっちゃったの」と少年は聞いた。
「話は変わったのか?」
「うん変わった」
「どうして俺の体が錆びてるかってことを聞きたいのか?」
「うん」
「石の上に百年くらい座ってたらこうなった」
「本当は?」
「答えは風の中にある」
「なんで教えてくれないの」
「自分でもよくわからんのさ。俺は気づいたらサビ男になっていた。なにかとんでもない過ちをしたのかもしれない。もしかしたら病気なのかもしれない。本当にわからないんだよ。もっとも興味もない。そんなことはどうでもいいことだ、自分が何者かなんてね」
サビ男は、心底どうでもいいような気分で語った。
「ねえ、右足ケガしてるの?」と少年は聞いた。これもまたずっと気になってたことだ。
「ケガじゃない。ただの風化だ」とサビ男はこれまたどうでもいいことを喋らされてうんざりしているといった様子で答えた。
風化、という言葉の意味はよくわからなかったが、その光景はイメージできた。ずっとバスで移動してきた荒涼とした風景が現れた。しかし風が吹き、いろんなものを削り取っていく。それからやがて岩や石さえもなくなり、砂だけになり、それも吹き飛ばされて、つるりとした水たまりの表面のような場所に変わってしまう。それが風化のイメージだ。今はまだ根を張ってるこの鉄とネオンの街も、いつか一切合切、風に吹き飛ばされて、つるりとした水たまりになってしまうのだろうか。

