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小説版「百年後の博物館」ロゴ


目を覚ますと、そこにはサビ男がいて、リュックサックが消えていた。
「財布は?」とサビ男。
「リュックサックの中」と、少年はまだなにが起こったのかわからない。
「盗まれたんだ。きっと犯人はまだ近くにいるはずだ、探してみよう」

少年は寝てしまったことを詫びたが、サビ男にとっては何の問題もないようだった。ふたりは、混雑するロビーを抜けて、渡り廊下で接続された営業前のショッピングセンターに向かった。どの店も鉄の防犯扉が厳重に降ろされていた。使われていない刑務所のようだ。その迷路をサビ男は駆け足で進んだ。少年は引き離されまいと必死でその後を追った。たよりとなる道標は、サビ男の足跡だ。サビ男が地面を踏むたびにリノリウムの床に錆色の足跡が残った。まるで風呂上がりの父さんだ。

少年は思い出す。父さんは、風呂から出た後、まともに体を拭かずに徘徊するから、廊下には濡れた足跡がたくさんできた。そのことで母さんはよく文句を言っていた。少年は思い出す。父さんは、そんな時に限って濡れた体のまま僕を抱きしめて、僕の体もびちょびちょになったっけ。少年は、父親の存在をいま、そんな他愛もないエピソードからまざまざと思い出した。少年の頭の中の引き出しの一つが今がちゃりと開いたのだ。しかしそれとてほんの一部だし、サビ男の言葉を借りれば、そもそもあの父親は偽物の父親なのだ。偽物の記憶をどれだけ掘り起こしたところで、にべもないことだ。少年は、偽物の父親のことは頭から振り払い、サビ男の足跡にだけ集中した。

そこで初めて気づくのだが、サビ男の右の足跡がひどく内側にねじれてる。それからサビ男を捉えると、確かにびっこをひいてるように見える。歩いてる時には気づかなかったが、駆け足での不自然さは明瞭だった。もしかしたら足を怪我してるのかもしれない、あとで聞いてみよう、と少年は思った。 サビ男は迷うことも、立ち止まって逡巡するようなこともなかった。すべての道順はあらかじめ決定されていた。そして、行き止まりに出ると、ためらうことなく非常口のドアを開ける。
踊り場にボロをまとった赤い顔の男がいた。その男は、少年のリュックサックを手に持ってこちらを驚いた表情で見ていた。赤い男は、リュックサックを床に投げつけ、一目散に逃げていった。サビ男はそれ以上追わない。

「どうして居場所がわかったの」と聞いても、サビ男はその質問には答えずに「これからは大事に持ってろ。寝る時はしっかり抱きしめておけ」とだけ言った。財布の三枚の紙幣は消えていた。「金はいい。もともとあったのかなかったのかわからないような額だしな。それよりも大事なのはこれだ」と言って、財布から少年の身分証明書を出した。「首からぶら下げておけ」。少年はそんなものが入ってたなんて知らなかった。手に取って見ると、そこには、14years old, Takahashi Youta、とあった。少年にはその意味がなぜかはっきりとわかった。14歳、タカハシヨウタ。それが少年の身元だった。


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