
なんとか博物館には、なんとか辿り着いた。これは奇跡だ。もっとも奇跡だったのは、うどん屋が書いた縄文式地図が、かなり正確だったことだ。ごめんよ、疑って。そして、なんとか博物館は、なんとか博物館ではなくて、「エドモント・テーラー記念博物館」という名前だったよ。
「エドモント・テーラー記念博物館」は、築百年は経とうかという古い日本家屋をそのまま再利用した私設博物館だ。門から見える前庭には柘榴や柿の木が植えられていて、福井の死んだ爺ちゃんの家を思い出した。爺ちゃんは、戦時中、戦艦大和の護衛艦に乗り込んでいたとき、アメリカの高性能爆撃機に撃沈され、体一つでシナ海に放り出された経験を持つ。油まみれの海面に首を出したとき、目の前で大和が沈んでいくのを見たという。この話を何度も聞かされた。これが本当なら歴史的体験者である。しかし、母親曰く、話半分で聞いた方がいいということだ。爺ちゃんは、半分は嘘で、半分は本当でできた半虚半実人間だったわけだが、その辺の遺伝子は僕にも受け継がれていると思う。そんなことを門前でぼんやり考えていた時に、猫が一匹、どこからともなくやってきて、僕のスニーカーを舐めた。とても汚い柄の猫だった。うんこみたいな色だった。その、うんこ猫は、僕を真下から見上げて、くるっと踵を返し、誘うように、すたすたと玄関の扉に向かった。そしてわずかに開いた隙間から家の中に入っていった。
いやーな感じである。あの猫は完全に僕を誘っている。サルは追ってはいけない。猫はどうだっけ?
僕はまだ敷地の入り口に立っている。帰るなら今だ。そもそも僕はそんなに行動的な人間ではない。今日もかなり仕方なく、なんなら既成事実を作るためだけに貝塚に来たようなものだ。HEPの星川さんに、いやあ貝塚の博物館まで行ってきましたよ、がんばってるでしょ、やる気満々でしょ、とアピールしたいがための取材だ。もうすでに十分、取材はしたではないか。うどん食べたし。後はお土産を買って帰れば、終了。こんなお化け屋敷みたいな気持ち悪い、猫が誘うような私設博物館に行く必要なんてない。でも片一方で、博物館の取材は何一つしてないじゃないか、という至極真っ当な意見を言う僕もいる。
20分くらい悩んだと思う。見知らぬ美容院に入る時と同じくらい悩んだと思う。胃がきりきりした。最後は、しょうがないや、ここまで来たんだし、と、できれば閉館日であることを祈りながら玄関に進んだ。僕は「百年後の博物館」というタイトルで小説を書かなくちゃいけないのだ。
