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小説版「百年後の博物館」ロゴ


貝塚市には貝塚はひとつもないんですよ、と駅の案内所の女は残念そうに言った。
でもみなさん勘違いされるんです。困るんです。貝塚が見たければ大森とか横浜とかに行ってください。
大丈夫です、僕は貝塚を見にきたんじゃありません。博物館にきたんです。なだめるように言った。貝塚市立自然遊学館はどちらですか? 
それならそこのバス停で5番のバスに乗ってください。7分でつきますよ。
客の誰もいないバスに7分揺られ、「貝塚市立自然遊学館・前」に着いた。貝塚市立自然遊学館は、本日閉館日、だった。周りに誰もいないのを確かめてから、閉館のプラカードを小さくグーで殴った。博物館は巨大なアンモナイトの形をしていた。ぐるっと建物を回ってみると潮の匂いがして、すぐそこに海があった。周りには幾つもの工場の煙突が黒くそびえていた。ゴミだらけの海岸に人は誰もいない。太陽と雲による光の加減が絶妙に美しくもあり、同時に地獄のようでもあった。一体、僕はどこにいるのかさっぱりわからなくなる。
頭を振って、「しょうがねえや」と思い直し、とりあえず近場のうどん屋に入って昼食をとることにする。店は開いていたが客は誰もいなかった。おばちゃんの店員が一人きりだ。きつねうどんを注文したら、「茹でますか」と聞かれた。うどん屋に入って「茹でますか」と聞かれたのは初めてだった。茹でる以外に何か調理方法があるとでもいうのか? どこまで貝塚は僕を試すつもりなのか。「・・・はいお願いします」と自信なく言った。すると、茹でたらいいんでしょ茹でたら、みたいな顔をされた。僕は、茹でたらいいんです、茹でたら、と表情に出してみたが、その時にはもう店員は厨房に向かっていた。
貝塚市というのは、訪れる人に幾つかの諦念を望んでいるのかもしれない。貝塚市に貝塚はなく、アンモナイトの博物館は閉ざされている。うどんはほっとけば茹でられないのだ。
不味くもなく美味くもないきつねうどんを完食後、おばちゃんに「博物館ってこのあたりにありませんか?」と穏やかに尋ねた。せめて他の博物館でもあれば、そこに行ってみようと思ったのだ。
「目の前にあるけどね、今日、閉館日やなかったかね」と、知ってることを言われた。
「他にないですか?」と冷静に僕は訊いた。
「他ねえ・・・。あんた博物館知ってる?」と調理場の旦那に声をかけた。旦那は「目の前にあるがな、でも今日休みやで」と言った。「他の博物館やって」とおばちゃん。「なんやねん、他って?」と旦那。2人は喧嘩でも始めそうな勢いだった。僕は心の中で、もうこれ以上ことを荒立てないでほしいと願った。お勘定を済ませて早く出よう。そして一刻も早く貝塚から逃げよう。
突然、旦那が声を荒げた。「ああ、あそこにひとつ、なんとか博物館ってあるやんか」と。
それから約10分かけて「なんとか博物館」までの道のりの説明を受けたが、正直、ほとんどわからなかった。縄文人が書いたような大雑把な地図を渡されたが、辿り着ける自信は皆無だ。うどん屋の夫婦は、善行をしたクリスチャンのように満足そうだった。僕は仕方なく神父のような笑顔で礼を言った。そういえば、僕が入ってから他に客は一人も来なかった。


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