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オブジェ
4−3 部族の中でもホピ族の考え方は独特で、時間の表現に現在がないんです。

「部族の中でもホピ族の考え方は独特で、時間の表現に現在がないんです。これまでとこれから。それってどういうことかわかりますか。」

流暢な英語で、義足のインタープリターは、小学生の一行を相手にネイティブ・アメリカンの講義をしていた。カルバーシティ歴史博物館はゴシック調の建造物だ。中に入ると大理石の床と、天井の宗教画が目に飛び込んでくる。平日の昼間は、小学生や中学生の団体とアジア系の観光客、それから町の老人たちで埋まっている。

タカハシカズシは、トーテムポールの周りをゆっくりと歩きながら、今度はチェロキー族の「涙の旅路」の話にうつる。ゆっくりと歩く分には彼が義足であるということは誰にもわからない。もちろん細心につとめて観察すれば、右足首ががっちりと固定されている奇妙さに気づくだろう。もしくは重心が左に微妙にずれてることも発見できる。冬のテネシーを5000名近いチェロキー族が「アメイジンググレイス」を歌いながら死の行進をしている姿をカズシが描写している最中に、入り口正面ロビーに妻が現れた。妻の名前はタカハシマサコ。夫以外の男性に恋しているが、今はそれどころではない。

昼休みになり、ようやくタカハシ夫妻は、職員専用の食堂で話を始めた。
「見つかったのか」とカズシが聞いた。
妻は「そうじゃないけど、警察から連絡が入ったの」
「なんて」
「ラスベガスでヨウタに似た男の子がいたって」
「それで」
「行った方がいいかしら」
夫は爪を噛んだ。苛立つとき、いつもそうする。「だから反対したんだ。彼をこっちに連れてくることに」
「そのことは今は関係ないでしょ」
「そうじゃない。こうなることは見えてたんだ。知恵遅れの子供がひとりでラスベガスなんかに行けるか?」
「そういう言い方はやめましょう」
「悪かったよ」
「ねえあなたに迷惑だけはかけたくないの」
「矛盾している。もう十分迷惑だ」
こういう時は話をしても無駄なことはわかっていた。夫はいついかなる時でも微笑まない。顔の随意筋肉を動かすと、失った足に激痛が走るのだ。
足を失ったことよりも、笑顔を失ったことの方が、妻はショックだった。事故が起きたのは新婚旅行の日だった。二人ともその時のことは未だに記憶から抹消している。いつか語られる日は来るのだろうか。
「来週、日本に戻らなくちゃいけない用事がある。親族の葬式だ。代わりにお前に行ってきてほしい」
「あなた、今そんな話—」
「ラスベガスは僕が代わりに行ってくる」


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